Heaven's Rule |
頭上を大きな影が横切った気がした。
「…………?」
月の光がアスファルトまで降り注いでいる。
満月だ。
夜闇を煌々と照らす月。冴え渡る光が闇を切り裂こうとしているかのようだった。
美咲(みさき)は頭上を仰ぎ見た。
月光を遮り横切った影。大きな翼だったような気がする。
鳥かと思ったが、それらしい姿はない。
辺りを見回しても、変わったものなどなにひとつなかった。
奇妙な感覚を覚えて、美咲は小走りに駆け出す。
月は綺麗だが、冴え冴えとした光はどこか冷たさがある。
こんな夜は良くないのだ。
えてして碌なことがない。
哀しいかな、こういった時の美咲の勘は外れたことがなかった。
静かな住宅街。日付も変わろうかという時刻とあって、どの家も静まり返っている。いつもなら僅かにある人通りも、今夜に限っては皆無だ。
ひっそりと静まる夜闇に、自分の靴音だけがやけに響く。
美咲はさらに駆ける速度を速めた。
こんな日にバイトが長引くなんてツイてない。
送っていくと言ってくれた店長の申し出だって、断らなければよかった。「まとめて送ってやろう」なんて言っていた店長の車に、果たして女の娘全員が乗れたかどうかは怪しいところだけれども。
せめて他のバイト仲間の男の子たちにでも送ってもらえば良かったのだと、今さらなことを思ってもみる。
店を出たときには気にもならなかったのだ。大して遠い距離でもないのだしと高を括っていた。
そう、なんでもないことのハズだった。
夜道が怖いわけでもない。
けれどなにか―――奇妙に胸がざわつくのだ。
美咲は小走りにT字路を曲がった。
その時、今来た道の向こうでドサリとなにかが落ちてきたような物音がした。
思わず美咲は足を止める。振り返ったがなにもない。
分かっている。曲がってきたばかりのT字路の向こうだ。
美咲は躊躇した。
引き返すのは簡単だが、わざわざ戻ってもよいものか。
胸騒ぎがする。だんだんに酷くなる。
放っておいたほうが自分にとって身のためだとは分かっていた。
美咲はゆっくりと歩き出す。
T字路を元来た方へと戻っていく。
分かっていても放っておくことはできない。音の正体を見極めなければ気が済まないのだ。
胸のざわつきだって治まりそうにない。
美咲はこっそりと覗くようにしてT字路を曲がる。
レンガ造りの塀に、黒い影が凭れかかっているのが見えた。
「男……の人……?」
塀を背にアスファルトへ座り込んでいるのは、若い男のようだ。
ぐったりとした様子で、病気か、どこか怪我でもしているのかも知れない。
慌てて美咲は彼の方へ駆け寄って行った。