Heaven's Rule |
「大丈夫ですか? 大丈……」
彼の前に跪き肩を揺さぶろうとして、美咲は伸ばしかけた手を止めた。
なんて―――。
綺麗だと、そんな言葉しか浮かんでこない。
血の気が引き蒼褪めているが、その翳りすらも酷く艶めいている。
閉じた眸許を縁取る長い睫毛。唇は薄く、僅かに開かれ呼吸が聞こえる。
尖った顎のライン、細い首筋。
長い手足は、今は力なく投げ出されている。
「ク……ッ……」
呻きをひとつあげ、彼が薄っすらと瞼を開いた。
その双眸を間近で覗き込み、美咲は思わず息を呑んだ。
僅かに切れ上がった形のよいアーモンドアイ。夜の湖水を思わせる深い藍色をしている。
身動いだ拍子に髪がさらりと揺れた。ゆるくウェーブした髪は漆黒。首筋にかかるかかからないかの程度で不揃いに切られ、それが絶妙なバランスを保っていた。
「俺……は……?」
掠れた声に美咲はピクンと肩を揺らした。
そうだ、うっかり見惚れている場合じゃない。
「ど……して……?」
自分がどうなったのか知りたいのだろうか。
けれどそんなことが解るはずもなく、美咲は戸惑う。彼がどういった状況に陥っているのか、知りたいのは美咲の方だ。
「あの……だ、大丈夫?」
妙な緊張に美咲の声は震えた。それでも懸命に問いかけてみる。
「どっか痛いトコとかない? 怪我とかしてない?」
「怪……我……?」
「そうだよ。どっか痛いトコある?」
意識が朦朧としているのだろう。彼との会話は要領を得ない。
ふいに彼が眸を見開いた。苦痛に顔を顰めながらも立ち上がろうとする。
慌てて美咲は彼を押しとめた。
「ダメだよ! 辛いんでしょう? 無茶しないで」
「ミカ……は?」
「え?」
必死にしがみつくようにして、彼は美咲に縋ってくる。両腕を強く掴まれて美咲は狼狽した。
「ミカちゃん? 女の娘? 一緒にいたの?」
「ミカ……が……」
「でもここには、他に誰も……」
誰もいないと言おうとした美咲の前で、彼は「クゥッ」と呻いて身を折った。
「ねぇ、大丈夫? 早く病院に……っ」
「ミカ……エ……が来て……だから……俺……は……」
「一緒に探してあげるから」
「俺は……追……れて……もう……どこに……も……」
悲痛な声が告げる。
次の瞬間、ふっと糸が切れたかのように彼は意識を途切れさせた。
追われている?
なにから?
誰から?
まさかと思う。
美咲はアスファルトに崩れ落ちた男の顔を凝視した。
けれど彼は確かにそう言ったのだ。