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 第1章 琥珀色の地図 【祭りの夜】

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 祭りもたけなわを過ぎ、ほんの僅かずつ落ち着きを取り戻そうとする夜闇の街の中を、少年は駆け抜けていく。
 少年の名はエース。ミスティリア国の城下街に姉とふたりで暮らす彼は、数日前に17歳となったばかりだ。
 セピア色の髪は短く、駆けるたびに首筋でサラリと揺れる。猫を思わせる形のよいアーモンド・アイは髪と同じ色で、気の強さをうかがわせ夜目にも鮮やかに快活な輝きを放っていた。
 スッキリと伸びた手足には余分な肉がなく、スピードに乗って夜の街を駆けていく姿は、今は見ることも少ない野生のユニコーンやペガサスを彷彿とさせる。
 一向にスピードを落とすことなく、エースは街の中央にある広場を駆け抜けた。
 初夏の収穫を終え盛大に開かれるドラゴン祭は、3日をかけて催される国をあげての大祭だ。この時ばかりはミスティリアが位置する中原だけでなく、大陸のあらゆる国々から行商人が訪れ街に人が溢れかえる。
「我らが神へ!」
「大地の恵みをもたらす自然と、神なるドラゴンへ!」
「神に守られし聖なる国ミスティリアへ!」
「乾杯!」
「乾杯ー!!」
 広場のそこここで何百回、何千回と繰り返された乾杯の声が上がる。
 大きな歓声、明るい笑い声。祭りも3日目を数え終わりを迎えようという今となっても、広場を埋め尽くす人々は熱気に満ち満ちている。
 次々と押し寄せる人波にまぎれそうになりながら、エースは俊敏に身をかわし囲みを抜けると、陽気にあがる歓声に「ドラゴン万歳!」と片手を振り上げ祈りの言葉を返した。
 やや鈍くなったスピードに、身を翻したエースは再び走ることへと専念する。
 広場にたむろし、したたか酒に酔う男たちの夜はまだまだ終わりそうにない。噴水の脇では祭りの間中話題になっていた銀糸の髪の吟遊詩人を取り囲み、うら若い娘たちがうっとりと柔らかな声音に聞き惚れていた。
 街中で最も人の多い広場を抜け、放射状に伸びる石畳の路を駆ける。
 昼間は街のそこかしこに溢れていた人波も、夜闇が深くなるにつてまばらになっている。
 まだ祭りの色が濃い広場とは裏腹に、民家の多い辺りはすっかり夜の帳が垂れ込めて、路地裏などはひっそりと静まり返っているのだった。
 とは言え、祭りの色が濃く残るのは、なにも広場ばかりとは限らない。
 目指す先に煌々と窓から洩れる光を見つけ、エースはさらに駆ける速度を上げた。小さく聞こえていた喧騒が、近づくにつれ大きさを増していく。
 陽気な笑い声や歓声が夜闇に響いて、エースはうずうずと逸る胸中に口許をほころばせた。
 いっそう走りを速め、エースは扉を開く間ももどかしく『竜のパイプ亭』に駆け込んだ。
「エース!」
「おう、来たなボウズ」
「さあさあ、こっちにいらっしゃい」
 とたんに陽気で馴染み深い声の主たちがエースを取り囲む。
「ここに来い、ここに来い」
 男たちに促され、女たちに腕を引っ張られ、街で1番の荒くれ者たちが揃ったテーブルにポンと放り込まれる。イスに座り込むより先にテーブルには大きなゴブレットが置かれ、きつい火酒が溢れんばかりなみなみと注がれていた。
「さあ飲め! 遠慮はするなよ」
「誕生日を迎えたエースに乾杯!」
「乾杯!」
「ドラゴンの恵みに乾杯!」
「乾杯ー!」
 荒くれ者たちの豪快な笑いが店を満たす。
 真昼と見まごうほど、店の中は明るく照らされている。集まった人の数にテーブルもイスも足りないらしく、ごった返す人の中には立ちっ放しになる者もいれば床に座り込む者、テーブルやカウンターに軽く腰掛ける者までいた。
 エースの周りにもあっという間に人だかりができて、入ってきたばかりというのに随分と長い時間この場にいたかのような、騒々しいまでの笑いと活気に満ちた空気に溶け込み馴染んで、すぐさま取り込まれてしまう。


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